もうご存知の方も多いと思いますが、ストラングラーズのキーボード奏者、デイヴ・グリーンフィールドが亡くなりました。既に心臓疾患で入院中だった彼は、新型コロナウイルス感染が判明後、5月3日に他界されたとのことです。
アバンダムは彼の最後の来日となった、昨年11月のストラングラーズ日本公演を主催いたましたし、彼の訃報に関してコメントさせていただかないといけませんでした。自分のタイムラインにアップされる様々な方の追悼コメントは読ませていただいておりましたが、突然のショックな知らせに、しばらくどうしても言葉が出ませんでした。申し訳ありません。

追悼と申しましても、あれから時間が経過したのに、いまだにろくに言葉が出てきません。今回、自分なりにストラングラーズ&デイヴの軌跡を振り返ってみることで、お悔みのことばに代えさせていただきたく思います。


自分がはじめて聴いたストラングラーズの曲は、ラジオでかかった「ノーモアヒーローズ」でした。
この曲を一発で気に入って大ファンになりました。バンドメンバーの4人とも、それは強烈な個性を持ったプレイなのですが、当時まず個人的に強く印象に残ったのがデイヴのプレイでした。個人的にキーボードを少し演奏することもありますが、デイヴ力強さと美しさを併せ持ち、確かなテクニックに裏打ちされた指さばき。非常に驚きました。世の中にこんなキーボードプレイヤーがいたのか!と。

ジェット、ヒュー、ジャン・ジャックという強烈な個性を持つ3人であれば、キーボードレスのトリオ編成であってもやっていけたでしょう。しかし3人はバンドの特にサイケデリックな要素を深めるためにキーボードを必要とし、そしてデイヴが最後のピースにぴったりと収まったということだと思います。

当時バンドは、メロディメーカー誌でキーボード奏者を募集、オーディションに来たプレイヤーで、リック・ウエイクマン風のソロを延々と弾くような人たちを皆落としたそうです。”ただ一人、デイヴだけが良かった、彼は俺たちと同じくらいサイケデリックだった“、という感じのJJのコメント記事を覚えています(昔のフールズメイト誌、号数失念しました)。
※リック・ウエイクマン氏の名誉のために書いておくと、デイヴはリックをフェイバリット・プレイヤーの1人に挙げていますし、後年、JJとリックの雑誌対談も実現したとのこと。

ここまで書いてきて、このオーディションの時のエピソードをデイヴに直接聞いておけば良かった!と悔やまれます。

最初のうち、バンドは仕事で、ダンスパーティや結婚式などでも演奏しなければならなかったらしいです。しかしその当時のレパートリーのうち、バート・バカラックの”Walk On By”だけは後々まで残る定番曲になったという話もあるようです。

彼の類稀なプレイスタイルのひとつに、独特のアルペジオがあるでしょう。ノーモアヒーローズもそうですし、サムタイムス、グリップ、トイラーなどの曲で聴かれます。試しにグリップのアルペジオの一部をスコアにしてみました。たぶんこんな感じでしょうか。

以下にリンクのファイルは、上のスコアを鳴らしてみたもの。上昇部分と下降部分での音型の変え方がカッコいい(※カワイのスコアメーカーという楽譜ソフトを使用)。

IMG_grip

特に初期の2枚のアルバムに関しては、彼の指はかなりめまぐるしく動きます。ここまで指が回るのだから、彼はクラシックかジャズのピアノのトレーニングを受けていたのだろうと、ずっと思っていました。しかし来日時に、このことを彼に直接聞いてみたところ”I’ve never played piano!”と言われおどろきました。しかし、既存の鍵盤奏法に一切頼らないことによって、彼の個性の強いスタイルが形成されたのでしょうね。

彼のスタイルが変貌を遂げたのは、3枚目の「ブラック&ホワイト」の、特にブラックサイドでしょうね。音数をぎゅっと絞って凝縮し、サイケデリックな凄みが増していて、聴くと圧倒されます。この方向性は、続く「レイヴン」でさらに深められたと言えるのではないでしょうか。

1980年代以降、ストラングラーズのサウンドは大きく変化をとげ、各作品それぞれに、それまでとは違う独自の個性を持っていると言ってもいいほどです。その変化に大きく寄与していたのも、デイヴのキーボードも大きな要素だったと思います。その魅力が最大限に発揮されたのが、あの名曲「ゴールデン・ブラウン」でしょう。それ以降も、シンセサイザーの技術的進歩もちゃんと取り入れ、リアルタイムで聴いていた当時も、そして年月を経た現在聴いてみても、全く古さを感じさせない。

21世紀に入ってストラングラーズが”ノーフォーク・コースト”をリリース、原点回帰したサウンドで力強く復活しましたが、デイヴの奏法も、封印されていたあの印象的なアルペジオ(※”She Gave It All”  from “about time” 1995)のような例外もあり)が再び取り入れられるようになり、”Relentless”のような屈指の名曲も新たに誕生しました。

ストラングラーズは、多くのミュージシャン、バンドへの音楽的影響が強いと言われます(サマーソニック来日時に、他の共演ミュージシャンのストラングラーズ観戦率が高かったという話を聞きましたし、ここ日本でも彼らをリスペクトする様々な著名なミュージシャン達の名前も挙がります)。しかしその割には、ストラングラーズの曲がカバーされたという話はあまり聞きません。その最大の理由は、おそらくデイヴのキーボードパートのカバーが大きなハードルであることであろうと推測しています。
 
デイヴの使用楽器は、初期はホーナーのセンプレット電気ピアノと、オルガンはハモンドL100などを演奏していたようです。以前、キーボードマガジン誌かサウンド&レコーディングマガジン?で彼が楽器のことを語っているインタビューが掲載されたとの話を聞いています。とても読みたいのですがが、いまだ残念ながら未入手です。近年はローランド・ファントムを愛用していたようですが、来日公演ではヤマハDX7も使ったようですね。

デイヴとはじめて直接話せたのは、昨年3月に渡英して訪れた、ストラングラーズの、ボーンマスとブライトンの会場楽屋でした。その時は正直嬉しくて舞い上がってしまって、「あなたのキーボードプレイに長い間魅惑されてきて、とても強い影響を受けました!」みたいなことを滔々と語ってしまいました。デイヴは穏和な、ニコニコした表情で聞いていてくれたのですが、あとでホテルに戻って、もう自分はプロモーターの立場なのだから、浮かれたことばかり口にしていてはダメだと反省した記憶があります。

じつは昨年11月の来日を迎えるにあたっては、自分みずからデイヴにインタビューできないかな、と考えておりました。しかしながら、タイトなスケジュール等諸般の事情で実現できなかったのは本当に残念です。
今年は、秋に予定されていたストラングラーズの”The Final Full UK Tour”も行く気満々で、再会できることをとても楽しみにしていましたが、かなわぬ夢となってしまいました。その前に、今年は2月に豪州ツアーもあり、いったんはこちらにも行こうかなと、手帳におおよその希望プランまで書いていました。しかし思い直して、向こうはかなりの猛暑のようだし、秋に会えるからいいか、と見送ってしまいました。
行っておけば良かった、本当に。

悔やまれることは色々ありますが、それらを覆すことはもはやできません。彼と直接の縁ができたのは、およそ1年という短い期間でしたが、この間に起ったことは一生忘れないでしょう。今は、彼の遺してくれた数々の素晴らしい贈り物に感謝しつつ、ご家族、バンドメンバー、スタッフ、クルーの皆さん達のご幸運を心から祈りたいと思います。
 
 
今まで本当にありがとう、デイヴ。