ストラングラーズ  
ダークマターズ
アルバムレビュー


ストラングラーズの新作「ダーク・マターズ」がついにリリースされることになった。スタジオアルバムとしては通算18作目。前作「ジャイアンツ」が2012年のリリースだから、じつに9年ぶりということになる。

ストラングラーズの新作がそろそろ出るかも知れない、という噂は、ここ2~3年ちらほら出てはいた。2018年~2019年以降、本作収録の”ウオーター”や”ディス・ソング” ”ペイデイ”” ザ・ラスト・メン・オン・ザ・ムーン”といった新曲は、既にライヴで演奏され始めていた。また、ジャン・ジャックもインタビューで新曲についてのコメントを行っている。例えば、ジョン・ロブによる”Louder Than War”の2018年11月インタビュー記事の時点ですでに、いくつかの新曲について、かなり詳細なアイデアが語られている(注1)。

2019年11月の来日公演に合わせてプロジェクトが進んでいく中で、来日にちょうど重なるようなタイミングで新譜がリリースされるかも知れない、と思っていた時期も実はあった。

ライヴで絶大な人気を持つ彼らは、なかなか新作の完成に向う充分な時間が取れず、レコーディングは2020年2月になってからだったようだ。このあたりの事情は、ロッキング・オン誌2021年10月号インタビューで、JJのコメントが読める(注2)。

また、曲のアイデアは豊富なストックがあったようで、JJのモバイルの中には、じつに数百レベルにおよぶ曲のアイデアがストックされているという。その中から厳選された楽想が結晶化したということになろう。そして、新曲はいきなりレコーディングする前に、まずはライヴで演奏しその成果をフィードバックしていきたい、という、彼らならではのポリシーもあっただろう。

例年、ストラングラーズは地元英国での大々的なツアーが春先に行われることも多い。だが2020年は例外的に、この時期はレコーディングに全力投球するためとあってか、UKツアーは秋以降に予定されていた。そして、このツアーは”Full Final UK Tour”と銘打たれており、バンドとして最後の大規模な英国ツアーが行われるはずだった。

アルバムの完成がいよいよ間近という段階になって、全世界的な感染症問題が勃発。欧州では国境封鎖が起こり、フランス在住のJJはその後しばらくUK入りができなくなる。そして、2020年5月3日、デイヴ・グリーンフィールド急逝の悲報が届く。世界中のファンが悲しみ、そして、長い間強いファミリーの絆で結ばれ活動してきたバンドメンバー達の胸中たるや、いかばかりだったことだろう・・・。

バンドの先行きが不安視される中、翌6月に正式なアナウンスがあり、アルバムを完成させ、ツアーを行う声明が出された。しかし、アルバムの大部分が完成していたとはいえ、もはや新たにデイヴの音を加えることはできない。それだけでも非常に大変なことだが、国境封鎖状態はなおも続き、JJは約1年もの間、仲間と合流することさえできなかったのである。何度もツアーも延期せざるを得ない困難な状況の中、メンバー達の尽力によって、ようやくアルバムが完成へとこぎつけた。

アルバム本編は全部で11曲。日本盤のボーナストラックとして、2019年11月5日・O-Westでの”トイラー・オン・ザ・シー”と”フリーダム・イズ・インセイン”のライヴ録音、そして”ダウンの日本語バージョンが収録されている。

アルバムの1曲目を飾るのは、”ウオーター”。すでに2018年のライヴでは演奏されはじめており、2019年来日公演でも、11/5日O-WestでのVIPサウンドチェックで披露されている。
 
インタビューでJJは、この曲のテーマは「アラブの春(2011年より中東で起こった民主化運動」であり、6/8拍子を基調とした、いくつかの複雑な要素からなる作品である旨をコメントしている。世界各地での別のムーブメントになぞらえることも可能であろう。既に曲のアイデアは2011年にスタートしており、仕上げるにはじつに2019年までかかったとのことらしい。
   
この曲は非常に力強いメッセージを持つ曲だ。ファンが期待するストラングラーズのオープニング・トラックのイメージとは違うかも知れないが、従来のバンドイメージにとらわれることなく、新しい地平に踏み出そうとする意志、そしてすでに、アルバム全体が過去の作品とは一線を画したものになる予感が感じられる。

続く2曲目は、“ディス・ソング”。2019年ではライヴで演奏されはじめており、来日公演の渋谷WWW・サウンドチェックでも披露されている。ライヴで初期のストラングラーズ・ナンバーと並べて演奏しても全く違和感のない、エキサイティングな曲。

The Disciple of Spessというバンドのカバー曲で、バンドの中心人物であるマシュー・シーマークス氏は、ストラングラーズのファンでもある。彼はこの曲がカバーされたことを、大変喜んでおられるようだ。
 
今回の新作では、気鋭の映像クリエイター達がMVを制作した曲がいくつかある。この曲も、人気フットボール・プレイヤーであるスチュアート・ピアースが主演したMVが、大変話題となっている。彼もまたストラングラーズのファンであり、喜んで出演を快諾したようである。

3曲目は“もしデイヴに会ったなら・・・(AND IF YOU SHOULD SEE DAVE)”。そのタイトル名の通り、デイヴ・グリーンフィールドへの感動的な追悼歌となっている。アルバムに先がけての先行シングルとして、また、印象的なMVもアップロードされた。
  
今回、日本盤の歌詞対訳を読めたことで、いままで聞き取れていなかった歌詞の意味もかみしめながら、じっくりと聴きなおしている。そして、歌詞カードを参照しながら、MVをあらためて見返してみると、改めて映像のメッセージ性が理解できた箇所もあった。大変感慨深い。
 
JJとバズによるこの曲のアコースティック・セッションが、ストラングラーズのオフィシャル・ユーチューブにアップされている。これは、さらに素晴らしくエモーショナルな演奏だ。

続く4曲目は、”イフ・サムシングズ・ゴナ・キル・ミー“。2020年末、英BBCラジオの番組にジャン・ジャックが出演した時に、曲のさわりがオンエアされたのは聴いていた。1980年代の”Feline”やJJとデイヴの共作”Fire & Water”の頃を思い出させる、耽美的な美しさを持った曲。
 
謎を秘めた曲で、タイトル名からも、おそらくは一筋縄ではいかないメッセージを持った曲なのだろうな、とは想像していた。しかし驚くべきことに、バンドのFacebookにアップされているトーク番組”Rat Chat”を視聴すると、この曲は、デイヴが他界した後に作られてたものらしい。大事な人が突然いなくなってしまった喪失感。また1970年代のクラフトワークのようなエレクトロ・ポップ的リズムを取り入れたことなどがコメントされている。
  
そして、5人目のストラングラーというべき、プロデューサーのルイー(Louie Nicastro)。彼が、デイヴがいたら奏でたであろう音を補完し、完成された、ということらしい。デイヴのタッチを見事に再現したルイーのセンスには、本当に驚くばかりだ。(この辺は自分の聞き取りが甘い可能性があり、あとで内容訂正させていただくかも知れません)。
  
また、シングル向けのジャケットでは、邸宅の背後でキノコ雲が爆発しているショッキングな絵柄、そしてMVは8月6日(1945年広島原爆投下日)にカタストロフ的なストーリーを持つ映像がアップロードされ、こちらも非常に驚かされるものとなった。未見の方は、ぜひyoutubeでご視聴いただきたい。

これら2曲目~4曲目については、石井達也さんのnoteでの記事に、音楽・MVの内容ともに、大変鋭いご見解が披露されていている(注3)。
 
5曲目は、“ノーマンズ・ランド”。この曲は、今回のアルバムリリースではじめて聴くことになった曲。そして目下、個人的に圧倒的なお気に入りの曲!現代の政治体制を痛烈に皮肉ったと思われるメッセージが、変拍子を駆使したヘビーなリズムに乗せて、奇妙な推進力を持って歌われる。
 
ブラック&ホワイト~レイヴン期をも思い起こさせる、この張り詰めた緊張感は、随一、ストラングラーズならではのものだ!今後再開されるであろうライヴにおいても、ぜひこの曲が演奏されることを期待している。

6曲目は、”ザ・ラインズ”。前曲とはうって変わって、1分半あまりの短いバラードである。ストラングラーズがこのような曲を演奏するのは意外に思う人もいるであろうし、メンバーもそのことは予想しているようだ(MVもかなり愛らしいイメージ)。ロッキングオン誌10月号でのジャン・ジャック・インタビューでのコメントに全てが集約されている。
 
また、ストラングラーズのオフィシャル・ユーチューブでは、この曲もアコースティック・セッションが視聴できる。バズが歌い、JJがアコギ、ルイーがキーボードを弾いている。

7曲目は、”ペイデイ”。2019年以降ライヴではたびたび披露されており、個人的にも渡英時に聴く機会に恵まれた。”バロック・ボーデロ”を彷彿とさせるリズムを持ち、中間部は”ダッチ・ムーン”を思い起こされるようでもある。
 
歌詞の中ではソクラテスやアレクサンドロス大王など、古代ギリシャの歴史的人物達が歌われている。“Rat Chat”の中で、ファンから応募された質問にJJが、歴史上の人物で会いたいのはだれかという問いに対して、この曲にも出てくるアレクサンドロスと答えているのは、大変興味深い。

8曲目は、“ダウン”。日本盤では、CDのラスト14曲目、ボーナストラックとしてこの曲の日本語バージョンも収録されている。
昨年、ジャン・ジャックがフランスでのロックダウン中に創作した曲とのこと。非常にメランコリックな内容で、具体的な名前が出てくるわけではないものの、やはり聴いていると、デイヴのことを思い出してしまう。日本語バージョンと、またフランス語バージョンの存在が示唆されている。
 
そして、この曲のメッセージを日本のファンにダイレクトに届けたい、という彼の強い思いがあったのではなかろうか。JJの日本語ヴォーカル、日本語の歌詞ともに、気持ちは充分に伝わって来る。イントネーションなどの表面的なことを乗り越えて、深い思いを感じ取れる感動的な歌だ。蛇足ながら、たまにある、西欧系のミュージシャンがヒット曲を試しに日本語で歌ってみました、というパターンとは、全くの別物であることは強調しておきたい。
 
日本語歌詞協力のクレジットの中には、SIS JAPANの高橋結花さんと、ストラングラーズの日本マネージメントに長年ご尽力されてきた加藤正文さんのお名前があげられている。原曲のメッセージ性を損なわず、日本語ネイティブではないJJが歌いやすい歌詞に仕上げるために、相当のご努力があったのではと推察している。
 
この曲も、ユーチューブでメンバーのアコースティック・セッションが視聴できる。今回はJJが珍しく楽器を持たず歌い、バズがアコギを弾き、ルイーがキーボード。

9曲目は、”ザ・ラスト・メン・オン・ザ・ムーン”。この曲も2019年3月の渡英時に聴くことができた。
 
歌詞のテーマはおそらく、増えすぎた人工衛星による地球外環境問題、いわゆるスペースデブリ問題を痛烈に皮肉ったものであろうか?その鋭いメッセージとは裏腹に、どこまでもスペイシーで浮遊感覚あふれる美しい音楽に仕上がっているところが、彼ららしい。曲中、そして曲の最後、デイヴによるものと思われるシーケンス音が、あのメニン・ブラック期を思い起こさせる。

10曲目は”ホワイト・スタリオン”。この曲も、2018年11月のJJインタビューでその存在が語られていた。白い種牡馬に例えられたアメリカの凋落と、挑みかかる虎に例えられた中国の台頭がテーマに歌われている。個人的には、このタイトル名があまりに印象的だったので、長い間どんな仕上がりになるのか、内心ずっと気になっていた曲!
 
“Rat Chat”によると、デイヴがシンプルだが素敵なオルガンパートを残したデモを収録したところまで出来ていたらしい。この曲においてもルイーが、メンバーの要請を受けて、スケールの大きな出来に仕上げたとのことだ。まさしく、5人目のストラングラーとして獅子奮迅の大活躍だ。
 
そして、デイヴと思われるソプラニスタ的ヴォイス、オペラのような展開、1970-80年代風のディスコ・ビートをシニカルに取り込んだかのようなダンサブルなリズム。それらが混然と相まって、彼らの長い歴史の中でも類例をみない、異様なドラマチックさを持つ楽曲へと仕上がっている。おそらくは今後時間をかけて、バンド史の中でも際立った名曲として認知されていくのではなかろうか?

11曲目、6分近くにもおよぶ感動的な大曲”ブリーズ“でアルバムは締めくくられる。
 
今回、ジャン・ジャックの発言をいくつか見ても、正直な気持ちで制作する、商業的な成功にはとらわれない、若いパンクスのふりはしない、といった意思が強く貫かれているのを感じる。じつに47年ものバンドの歴史の中で、想像もつかない音楽的な変容が色々とあった中、今回もまた、予想もつかなかった大作アルバムを聴くことができた。そのアルバムの中でも、最もスケール大きなこの曲をもって、デイヴ参加のラストナンバーは、謎めいたエフェクト音と共に幕を閉じる。

このアルバムが21世紀になってからの作品”ノーフォーク・コースト””スゥイート・シックスティーン””ジャイアンツ”とは、明らかに違う質感が感じられる。バズ・ワーンの加入以降、バンドは再びパワフルなエナジーを取り戻しつつ発展してきた。そのサイクルからも、明らかに別のサイクルに踏み出したということだと思う。ドラマーのジム・マッコーリーはもはや、押しも押されもしない堂々たるストラングラーとしてバンドに溶け込んでおり、何の違和感もない。また前述の通り、デイヴの不在を見事に補ったルイーの手腕は本当に素晴らしい。

個人的には、今春、この”ダーク・マターズのリリースが発表されてから、いくつかのシングルカットやMVが出てきても、なかなか正面から腰を据えて聴いてみる、ということが正直できなかった。今までのことを色々思い出してしまい、つらい気持ちになってしまったからだが・・・。
 
しかしバンドメンバーも前を見て歩み始めている今、そんなことではいけないとなんとか気持ちを立て直し、やっと真正面からこのアルバムを受け止めることができた。そんなこんなで、バンド史上に燦然と輝くであろうこの傑作は、これから長らくヘビーローテーションになりそうである。
 
 
今回の新作はサブスクやyoutubeでも視聴はできるが、ストラングラーズの新譜であれば、やはりフィジカルな盤で、それも歌詞の意味をかみしめながらじっくり聴くのがおすすめだ!
個人的な見解としては、サブスクは便利だが、あれに頼りすぎると音楽を聴く楽しみは反比例してどんどん下がる。なるべく試聴用として活用し、本当に気に入った作品はできるだけフィジカルで楽しむようにしている。

ソニーミュージックさんより発売された日本盤・ライナーノートは、昨年来日中にジャン・ジャックにもインタビューされている鈴木喜之さん執筆によるもので、大変参考になっている。(文中、来日公演を発起した自分と思われる人物についてのコメントがあり恐縮の至りだが、ありがとうございます。)

そして、日本盤ボーナストラックの特典には、昨年の来日公演から2曲ライヴ録音が収められている。”トイラー・オン・ザ・シー”と”フリーダム・イズ・インセイン”だ。ツアー最終日・TSUTAYA O-WESTでのステージ後半、実際のライヴでもこの2曲は続けて演奏されている。

当日のステージの流れでは、”Death And Night And Blood “での異様な盛り上がりを受けて、さらにトイラーやフリーダムで加速化して終盤へとなだれこむ箇所である。個人的にも、2年近く前のライヴを思い出しながら、大いに盛り上がつつ聴かせてもらった(注4 当日の詳細ライヴレポートあります)。

トイラーは2016年の”Black & White”ライヴアルバムの頃よりも、さらに速いテンポになっている。この時は2階席から見ていたが、1階前方でのジャンプ大会がすごいことになっていたり、曲中での、JJの鋭いハイキック一閃シーンが鮮やかに思いだされる。また今回、大好きな曲であるフリーダムの歌詞対訳がやっと読めるようになったのも、大変ありがたいことである(注5)。
 
 
最後に、ストラングラーズの今後についてであるが、気になるデイヴの後継者となるキーボードプレイヤーの名前は、まだアナウンスされていない(はず)。いくつかのインタビューでJJは、デイヴの弟子の一人といっしょに演奏していくことを示唆している。もう10月末のベルギーのフェス出演での、久方ぶりのライヴ再開が迫ってきた。遠からず、新しいメンバーが正式に発表されるのではないか。
(9/30改訂 上記ベルギー等のフェス出演は延期となり、ストラングラーズのライヴ再開は11月末のフランスからとなる予定です)。

 
昨年から全世界的なライヴシーンは大変な状況になっていたが、UKではここに来てステージを再開したミュージシャン達も出てきているようだ。ストラングラーズの大規模な全英ツアーは、いよいよ来年2022年1月末からの予定。無事ツアーが再開できる状況であることを願いたい。

(September 14th, 2021 Yas Yoshida)
 
 
注1)INTERVIEW!!JJ Burnel on the Stranglers upcoming album/2019 tour and the band after Jet Black and much more By johnrobb -November 21, 2018

 
注2)ロッキング・オン10月号 ジャン・ジャック・バーネル インタビュー
 
 
注3)石井達也さんのnoteより
 
ストラングラーズの新曲MV
 
ストラングラーズの新曲「If Something Gonna Kill Me (It Might As Well Be Love)」
 
ストラングラーズの新曲「This Song」MVと、スチュアート・ピアースの話
 
 
注4)ストラングラーズ・ライヴレビュー 2019/11/5 TSUTAYA O-WEST(
 
 
注5)ストラングラーズ|ソニーミュージックオフィシャルサイト
 
 

 
 
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